子どものころの夢を大人になっても持っていますか?

子どものころの夢を覚えていますか?
その時はどんな気持ちで夢を見ていたでしょうか?

大人になるにつれて、
ほとんどの人が、
夢を見ることなんて忘れてしまう。

それはなぜだろう?
そして、
どうしてそうなってしまうのでしょうか?

目次

純粋な子どもは誰にも遠慮なく夢を語る


「大人になったらなりたい職業」というものを
小さい頃に書いた記憶がある人は多いでしょう。

その頃は皆、
キラキラした目をしながら、
「大人になったら絵を描く人になるの」
「ボクは宇宙飛行士になるんだ」など
純粋な夢を描いていた子どもたち。

子どもは純粋であり、
誰にも遠慮をすることなく、
損得を考えることもなく、
純粋な気持ちで夢を語る。

誰にも邪魔されることなく、
自分が思うままの気持ちを話し、
なれるかなれないかは関係なく、
(なれると信じているけれど)
遠慮なく夢を描く。

でも、
成長するに連れて、
だんだんと夢を見ることが恥ずかしくなり、
夢を語っていたことなんて
すっかり忘れてしまうほど、
毎日の生活に追われていく。

子どもが大人に成長していく過程で
いったい何が影響しているのでしょうか?

そして、
大人になってから
夢を見てはいけないと思ってしまうのは、
なぜでしょうか?

「安全な仕事」と「周りの期待に応える人生」

子どもの頃に見ていた夢を
大人になっても追い続けている人は
実際には少ないです。

それは、成長していく中で
「そんなの無理に決まっているでしょう」
「ちゃんとした仕事に就きなさい」
「そんな夢みたいなこと言ってないで勉強しなさい」
「あなたには無理よ」
「この方が将来幸せになれるんだから」
「ダメと言ったらダメ」
「周りの○○ちゃんを見てみなさい」
「なんであなたはいつもそうなの?」
「そんな仕事じゃ食べていけないからダメだ」
「安定していない仕事は後悔することになるぞ」等

日々の言葉の積み重ねで、
いつのまにか、
周りの環境に合わせ、
人生を選ぶようになっていくからです。

子どもの頃の純粋さや、
ワクワクとした夢は全て何処かへ置いていき、
自分がどうしたいということよりも
周りの大人の望み通りに、
進路を決めていくこともある。

両親の望み通りの大学に進学したり、
安定していると言われている企業に
就職することを目標にする。

その後結婚し、
家族を養い、
人生を歩み、
引退し、
老後を送る。

そんなふうに、
周りの期待に応えながら
自分の人生を生きてしまう人が
実際には多いのではないでしょうか?

いつの間にか本人も気づかないうちに、
何となくそうなっていて、
ルートから外れるような選択をするなんて
選ばれた人だけだと諦めてしまっている。

子どもの頃は純粋に夢を語っていたのに、
いつからか
現実的なこと以外を言うことが
恥ずかしくなってきたり、
周りに失笑されるのではないかと
考えることすらしなくなる人もいる人も多いのです。

自分の人生のハンドルは自分で握ると決める

大人になるにつれ、
決められたルートに沿って生きることが正しいと
教えられて育っていく中で、
自分のやりたいことを貫き通すことは
実際には勇気がいるかもしれない。

なぜならそこには、
大人たちの反対や、
周りの友人たちの声が
たくさん耳に入ってくるから。

例えば、
「将来は役者になりたい」という夢を持った人がいた場合、
両親は反対するかもしれない。

「そんなもので成功する人なんて限られている。お前には無理だ」
「どうやって食べていくんだ!」
「結婚はどうする?家族ができたら養っていけないぞ!」
「言うこうとを聞いて就職しなさい。そうしないと後悔することになるぞ」等

今では、大手企業であっても、
一生その会社に勤められる保証はないけれど、
とはいえ、
安定的な仕事と言われているために、
多くの人がその道へ進む努力をする。

でももし、
本人が役者の道に進み、
その道で才能が開花しても、
もししなくても、
彼の人生にとって、
いわゆる普通と言われる人生では経験できない
大きなチャンスになるわけで、
決して失敗ではないはず。

自分の人生に後悔したくないのであれば、
人生の選択は自分でしなくてはなリません。

周りから何を言われようとも、
「無理だよ」と言われようとも、
実際の答えはやった人にしかわからないのだから。




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